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東京地方裁判所 昭和35年(モ)8123号 判決 1960年11月16日

申立人 若林博

被申立人 株式会社三河島ミートプラント

更生管財人 伊藤清

主文

一、当裁判所が昭和二十八年一月三十日、同年(ヨ)第三二七号不動産仮処分申請事件についてした、仮処分決定はこれを取り消す。

二、訴訟費用は被申立人の負担とする。

三、この判決は第一項につき仮りに執行することができる。

事実

第一、申立人の主張

申立人訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由を次のとおり述べた。

一、被申立人は昭和三十四年七月十七日、申立外株式会社三河島ミートプラント(商号変更前は日本糧穀株式会社)の更生管財人に選任せられたものであるが、右日本糧穀株式会社は、申立人を相手方として東京地方裁判所に対し同庁昭和二十八年(ヨ)第三二七号仮処分命令の申請をなし、昭和二十八年一月三十日主文第一項掲記の仮処分決定がなされた。ところが右仮処分の本案訴訟は未だ提起されていなかつたので申立人は仮処分裁判所たる東京地方裁判所に対し、起訴命令の申立をなし、同裁判所は同年二月十一日、決定送達の日から十四日以内に本案訴訟を提起すべき旨を命じこの決定はその頃送達された。そこで日本糧穀株式会社は同月二十七日申立人を被告として東京地方裁判所に対し借地権確認等請求事件(同裁判所昭和二十八年(ワ)第一四二八号)を提起した。

二、然るに右本案訴訟の審理において原告(日本糧穀株式会社)代理人は昭和二十九年四月三日の準備手続期日から出頭せずその後原告の為会社更生手続が開始せられた為、被申立人が更生管財人として訴訟手続を受継したが、原告たる被申立人も訴訟手続を進行せしめず、被告たる申立人の期日指定の申立に基き昭和三十四年十一月二十七日準備手続期日が開かれたが、該期日も延期せられ、その後昭和三十五年二月二十五日の準備手続期日においては訴訟手続休止の取扱がなされ、従つて同年五月二十五日民事訴訟法第二百五十六条第二百三十八条に基き、訴取下の擬制がなされた。よつて本件仮処分については前記起訴命令に定められた期間内に本案訴訟の提起がなかつたこととなるから、右仮処分は取り消されるべきである。

なお被申立人はその後再び昭和三十五年七月十九日本案訴訟の一部につき訴を提起し、更に同年十月十日、請求の趣旨を追加して、結局本案訴訟が提起せられたことは認めるが、これは前示起訴命令所定期間内に提起せられたものではなく、又仮りに本件仮処分取消申立事件の口頭弁論終結前に提起せられたとはいえ、右再訴の提起は被申立人が本件仮処分によつて得た地位を有利に存続させることのみを目的としてした訴権の濫用行為であるから、もはや訴訟経済の考慮をなす余地なく、本件仮処分は取り消されるべきである。

第二、被申立人の主張

被申立人訴訟代理人は「本件申立を却下する」との判決を求め、

「答弁として申立理由一項は認める。申立理由二項のうち本案訴訟が昭和三十五年五月二十五日訴取下の擬制を受けたことは認めるが、被申立人はその後本件仮処分取消申立事件の口頭弁論終結前の昭和三十五年七月十九日及び同年十月十日に亘つて再び同一内容の本案訴訟を提起しているから、本件仮処分取消の理由はない」と述べた。

第三、疏明関係

申立人訴訟代理人は甲第一、第二号証第三号証の一ないし十五、第四号証を提出した。

被申立人訴訟代理人は甲第一号証、第三号証の一ないし十五、第四号証の各成立を認め、甲第二号証につき原本の存在並びにその成立を認めた。

理由

申立理由第一項の事実並びに右本案訴訟について昭和三十五年五月二十五日訴取下の擬制がなされたこと、その後被申立人が右起訴命令所定期間を経過した昭和三十五年七月十九日に至つて更に再び右本案訴訟の一部に該当する訴を提起し、同年十月十日右請求の趣旨を追加して結局本案訴訟を提起するに至つたことは当事者間に争いがない。

そこで起訴命令所定期間経過後本案訴訟が提起せられた場合仮処分を取り消すべきか否かについては、本案訴訟が仮処分取消申立事件の口頭弁論終結時までに提起される限り訴訟経済の考慮よりして、仮処分の取消を認めないで維持すべきものと解するのが相当であるが、本来起訴命令は仮処分権利者が何時までも本案訴訟を提起しないで際限なく仮処分が継続する場合、そういう不確定の状態の侭不利益を強いられる仮処分債務者を救済する為仮処分債権者に速やかに本案訴訟を提起させて仮の状態に結末をつけようとするものであつて、仮処分当事者の利益の衡量を無視することはできないから、起訴命令所定期間経過後の本案訴訟提起を是認するとしても、その根拠が訴訟経済の考慮に基く以上具体的な事情を離れてこの考慮のみから仮処分債務者に不利益を帰することができないことは明らかである。之を本件について按ずるに、成立に争いのない甲第三号証の一ないし十五、甲第四号証によれば日本糧穀株式会社は昭和二十八年二月二十七日本案訴訟提起後第一回の準備手続期日たる同年四月二十四日訴状に基き請求の趣旨、原因を陳述したまゝ、その後期日の延期を求めて本案の審理に協力せず、昭和二十九年四月三日の準備手続期日からは期日に出頭せず、その後株式会社三河島ミートプラントと商号を変更したが同年六月一日更生手続開始決定がなされた為、訴訟手続が中断し、昭和三十四年七月十五日被申立人が更生管財人に選任せられ、訴訟手続を受継するに至つたが、被申立人も本案訴訟の審理に協力せず、期日を延期し遂に昭和三十五年二月二十五日の準備手続に出頭しなかつた為、訴訟手続休止の手段がとられ、そのまま前示のとおり訴取下の擬制がなされた。ことが一応認められる。

以上の事実の外、更に被申立人は昭和三十五年七月十九日再度の本案訴訟を提起したが本件仮処分に対する本案の一部に過ぎなかつた為、本件仮処分取消申立事件の最終の口頭弁論期日に於て請求の趣旨を追加することによつて本案訴訟を構成するに至つた経緯をも併せ徴すると、仮処分債権者であつた日本糧穀株式会社(商号変更後株式会社三河島ミートプラント)及びその地位を承継した被申立人は、本案訴訟を遂行する意思なく、徒らに仮処分によつて暫定的に得た利益を不当に存続せしめようとする意図あることが窺えるからたとえ右訴取下擬制の後再び前述の経緯によつて本案訴訟が提起されるに至つたとしても、もはや訴訟経済の考慮から、被申立人の為民事訴訟法第七百四十六条第二項による仮処分取消を免れさせることは、不当に仮処分債務者たる申立人の利益を無視するものといわなければならない。

従つて本件事案においては、再度の本案訴訟提起ありたることを以て、訴訟経済の点から、本件仮処分取消を免れさせる事由となすことは適当でないから、結局当初提起された本案訴訟が取下と看做されたことにより、起訴命令所定の胡間内に本案訴訟の提起がなかつたことに帰し、民事訴訟法第七百四十六条第二項第七百五十六条により本件仮処分決定を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺博介)

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